HHRでは初となるラーメン話。
ラーメン興味ない人は読み飛ばしてちょーだい(笑) 好きな人は一見の価値あり。
まず、メチャローカルな話題から・・ 僕は生まれも育ちも東京世田谷 祖師谷だ。昭和40年生まれの僕の幼少時代、自宅から徒歩2分くらいの所に小さな小さな手打ちらーめん店がありました。その名は「茶釜」。 その隣にはあの とんねるずで有名になった木梨サイクルがある。(てか、あった。移転したんだな) そのまた隣は友人の村田氏の自動車工場もある。(現在も社長は頑張ってます♪)
僕が物心つく頃から、我が家ではラーメンの事を「茶釜」と言っていた。その他のラーメンを食べたことすらなかった。それほど祖師谷は田舎町だった訳だ。そりゃ、祖師谷大蔵商店街まで足を伸ばせば、チェーン店のラーメン店はあったと思うが、所謂ただの中華ラーメン(味気ないやつね)。
茶釜のラーメンはご主人が手打ちで仕込んだ麺が売りであった。 その時代にどれだけのラーメン店が手打ち麺を提供していたのであろう? 祖師谷という世田谷のジャングルでは異彩を放つラーメン店だったに違いない。
その丹精込めて打ち上げた生麺を茹でる匂いが、またたまらなく食欲を誘うのであった。スープは豚系ではなく、頑固な鳥出汁。そして手打ち太麺がそのスープと絡む絶妙な味わいは、食べた事ない人には伝わりにくいであろう。
メニューも頑固でしびれる。
ラーメン、焼豚らーめん、ワンタンラーメン、大盛り、特大、以上! 通常のラーメン店にはない清さ! 無論餃子もない。生粋の手打ち麺をご主人は食べて欲しかったのであろう。アメリカに住んでいた頃、帰国すると真っ先に食べたくなるのが茶釜であった。が・・ 15年前に地上げにあい、町田は成瀬台に強制移動するはめになる。当時はわざわざ成瀬台まで遠征して食べに行ってた。でも、茶釜の魅力を知らない成瀬台住人からは受け入れてもらえなかったようだ。いつ行っても閑古鳥状態で、ヤバかった。
案の定閉店・・・ その後の茶釜はどうなったか知る由もない。 祖師谷にあった頃はいつも大盛況で昼は外で列をなしていた。それが・・ 悲しい現実だ。最近の豚系コッテリを旨いラーメンと思う若者やラーメン通には受け入れられなかったのであろう。 もうあの青春の味は一生思い出として、脳裏に焼きつかせるしかないであろうと思った。
そしてある日一大事件が起きる。
7年間世田谷の羽根木という場所に住んでいたのであるが、自宅購入と共に登戸へと引越しする時期であった。 あるTVラーメン番組で梅が丘で旨い手打ち麺を食べさせる店があると言うので、近いし、暇だから行くか・・・くらいの勢いで食べにいった。Lotus乗りの人と行ったのだが・・・
こ、これは!!!!!!!!!!!
茶釜じゃないか!あの麺のこし、太さ、絶妙なスープ、どれをとってもあの茶釜に類似していた。Lotus乗りの彼は一言「不味いね。これ・・」と言っていたが、俺は無言で食べ続けた、いや感動して喋れなかった・・が正しいかもしれない。
感動したその晩に調べましたよ、このお店のこと。 店名は「一番・胤暢番」 福島は白河地方にある昔ながらのご当地ラーメンだそうだ。 しかし、この一番のラーメンは祖師谷の茶釜に似ている。何故だ・・・
2004年のフォーミュラレースに仙台は菅生サーキットがシリーズに組み込まれていた。仙台の帰り道がなんと白河地方。 東北道の出口を下りたらすぐに、その白河ラーメンのルーツである名店があると判明。 こりゃ、寄って行くしかねーべ!って事で、疲れてる体に鞭を打ち、白河ラーメンの大御所「とら食堂」に立ち寄った。
が、夕方6:30 麺終了の為閉店
(--)・・・・・・・・・最悪だ。 しかもすんごい場所にあるし。 田んぼのど真ん中にポツンとその とら食堂はあった。 気を取り直して、他店を探す。この地方はどのラーメン店に入っても白河ラーメンが食べられるらしい。で、帰り道の白河ラーメン店に入った。看板にも極上白河!とあったので迷わず入った。 でも一番のラーメンと似ても似つかぬ不味さ・・・ダブルショック!! レースで疲れた体に更に追い討ちをかける虚脱感。 次の日、梅が丘に向かったのは想像に難くないであろう。
ここの味を愛してしまったようだ。 もう白河ラーメンがないと生きていけない体、いや舌に。でも変な根性がある僕は再度、東京からまたしても福島へ家族を連れて向かった。そう!とら食堂リベンジである。「一番」は旨いが本場の味も確かめたいという強い願望があった。実はこの「一番」の若旦那さんは、とら食堂で修行して梅が丘にお店をオープンさせていたのだ。こりゃ絶対行きたい・・食べたい・・ ドライブすること3時間半。昼前に到着してたので今回は楽勝♪なんて思っていたら、
50人くらい列を作っていた・・・
あの田んぼの真ん中でである。
一時間半並びましたよ・・・(号泣) で、夢にまで見た、白河ラーメンの元祖とご対面。旨い、旨いのだが、一番と茶釜からくるカリスマ性を感じない。並び疲れたから舌がどうにかなったのか? でも女房の意見もいっしょである。一番の方が旨い。 でも、遠征した甲斐があったってもんだ! 白河ラーメンの旨い店は梅が丘にあったという事実。それも近いし! 会社が下北沢なんで、いつもランチに食べにいく。
ここの親父さん(若旦那さんのお父さん)もいい感じである。
照れくさそうに記念撮影にも応じてくれた。 そしてここで働くドンさんはMixiの仲間でもある。彼もとてもいい人で、いつもお世話になってる。(若旦那さん、ドンさん画像はなし)
結論!
じゃーなんだい? あんたが言ってた茶釜から一番に浮気したわけかい? いや~違うね。俺は茶釜も無論愛していたが、本当は白河ラーメンに恋してたわけだ。ん?何故、祖師谷ローカルのラーメン店と同じにする?? はい、説明いたしましょう。
勉強しました。 白河ラーメンには2種類あり、いわゆる「とら食堂」を白河系といい、他の白河地方のラーメン店を、なんと「茶釜系」と言うそうです!!! 知らなかったぜ、ベイベー! 祖師谷の茶釜の店主はそのまんま、店名に使用したわけだ。スタイルから、スープまで白河ラーメンに似ていた茶釜の店主は、白河出身だったのではないかと憶測する。そう、僕はラッキーなことに知らず、知らずに幼少時代から白河ラーメン、茶釜系を食べていたんだ。う~ん、自分なりに納得。
だから浮気でもなんでもなく、ルーツ、そう先祖帰りしたとでも言おうか。 まあ、余計な言い訳もよそう。要は白河ラーメン万歳である(なんじゃそりゃ・・・笑)
http://www.01ch.com/ramen/ichibanichiban.html
一番・胤暢番
お店のサイトはないが、上記がよく説明されている。今は火曜定休日。麺はなくなり次第お店が閉まるので要注意。是非お近くの方はどうぞ。 茶釜を知る、祖師谷ローカルの人に教えたが、皆ハマッてる。村田氏とはいつもランチはここである。 小学校の頃、土曜昼には茶釜でラーメンが合言葉であった。それがまた再現されようとしている・・・
これ以上のラーメンはもう二度と巡りあえないであろう。てか、めぐり合わなくてもいい!